有松で尾州織物の話を聞く。 Portal; SALON #09 小島日和 [terihaeru]
有松までが知多半島文化圏 〜有松と知多半島のつながり〜
今回は、知多半島から少し出て、有松と一宮のお話です。
「尾州」とは、昔の尾張国、現在の尾張地区を指し、愛知県の西側一体の広い地域です。
有松は、有松絞りと知多木綿との関係もあり、知多半島と密接につながる場所といえます。
今の有松の行政区分は名古屋市緑区ですが、もともとは知多郡に属していました。
さらにさかのぼると、有松のまちの起源自体も、知多半島に由来します。
1608年、治安などの課題から東海道の鳴海宿と池鯉鮒宿の間にも集落があったほうがいいということで募集のおふれが出され、それに応じた阿久比町からの8人の移住者によって生まれました。
今様に言えば、行政主導で生まれたまちということで、なかなか興味深いです。
その後、東海道を往来する人向けに販売するため有松絞り(鳴海絞りと総称して、有松・鳴海絞りとも呼ばれます)は200余りにおよぶ多種多彩な絞りによる技法を生み出すなど、創意を凝らし発展していきました。
(ときどき、”有松はほぼ知多半島”説を唱えているのですが、知多半島の文化圏の北端ではないかと半ば真剣に思っていますし、あながち間違っていないと思います。)
戦後は和装から洋服への移行により徐々に産業としては衰退してきた有松絞りですが、有松の伝統産業の歴史を生かし、有形・無形の資源を活用する取り組みが行われています。
その取り組みの一つ、「ARIMATSU PORTAL; Project」によるイベントで有松駅からすぐの山田薬局で開催された「PORTAL; SALON」というトークイベントに参加してきました。
ARIMATSU PORTAL;PROJECT
”伝統産業の町・有松を見つめ直し、新たな関係と環境のデザインを通して、創造的な町・アリマツへの入り口を築く試みです。”
https://www.facebook.com/arimatsuportalproject/
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Portal; SALON #09 小島日和 [terihaeru]
今回のゲストは、繊維産地として知られる、尾州織物の産地、一宮市でテキスタイルブランド terihaeru の代表を務める小島日和さん。
以下イベント概要から引用:
「名古屋芸術大学テキスタイルコース在学中に始めたブランド “terihaeru” は、尾州を拠点にションヘル織機を使った個性的なテキスタイルを製造販売。小島さんはテキスタイルデザインだけでなく、織機職人との対話や指導を通して、付加価値のあるテキスタイルの製造にも関わっています。」
尾州織物とションヘル織機(一宮)
尾州織物は近年、ウールの織物が中心。小島さんはションヘル織機という、昔ながらの低速で織り上げ手織りに近い風合いのでる機械式の織り機でつくる生地のテキスタイルデザインから製造、販売、PRやイベントのコーディネートまでを行っているそうです。
ションヘル織機は、6000〜本の糸を手作業で何日もかけて機械に通す必要があったり、なかなか大変なお仕事のようでした。生地に品質上の問題があれば、あとは織るだけという状態から作業をやり直すこともあるそうです。
現代的な織り機に比べて遅い=生産量が少ないというションヘル織機の欠点は、代わりに、手織りに近い生地を作れること、伝統的な生地を作り出したり、糸などの工夫により新たなテキスタイルを生み出すことができるという特長に転換することができます。
高付加価値化と差別化の工夫として、高品位・高級路線の追求や、ニーズに合わせて服飾デザイナーのイメージを実現する生地を作ったり、異素材の組み合わせや従来は取り組んでこなかった困難な織りなどを新規に開発してプレゼンテーションすることで活路を見出そうとしているとのことでした。
生地というのは、紙や建築材料と同じで、一つのモノとして完成品として存在する製品でありながら、別の職種の人からは素材でもある、というところが面白いなと思いました。
建築家なども小島さんの布に関心を示すことがあるといいます。
布は服に使うもの、という固定観念を崩し、別の用途に使うなどで、需要の方を広げていくことも大切なのかもしれません。
持続可能性の問題
職人の高齢化が進み、廃業も続いており、生産地としての存続が危ぶまれていること。
いつの間にか工場が更地になっているようなこともあり、そうしたことがないようになるべく職人さんたちとコミュニケーションをとるのだという話が印象的でした。
試作品を作ったりなどで織り機を動かすことも多く、そのため、職人の技術やノウハウ、知恵などを吸収する職人の後継者としての立場に立つこともあるとのことです。地域の孫のように可愛がられている感じが伝わってきました。
後継者の問題、技術伝承の問題がどの地域でも発生していますが、時流にあわせて、仕事や産業構造は変わります。
尾州織物では、戦後の衣料不足や朝鮮戦争特需からくる高い需要で「ガチャマン景気」(=ガチャンと織れば1万円もうかる)と言われるほどの好景気がありました。
(今でも、そのよかったころの記憶を懐かしむ人も多いそうです。バブル経済を懐かしむ50代みたいな感じだなと思いました。)
産業には栄枯盛衰がつきもので、有松の場合だと和装が洋装になったり、テキスタイルの場合だと、高速で大型の大量生産が可能な織り機ができ海外で安価に生産されたりなど、時代ごとの需要と供給のバランスで決まってくる部分も多く、一度大きく成功したモデルほど、方向転換が難しく、時流に逆らっての即時解決とはなかなかいかないかもしれません。
ただ、岡山のデニムなど、伝統的な繊維産業を現代的にアップデートして持続できるようにしていく取り組みがうまくいっている例も出てきていますし、新たに次の世代や若い人が入って取り組んでいくことで、なんとかなっていくこともきっと多いのだと思います。
尾州でも、小島さんのような活動を見て、若い人が職人を目指したいと言って相談に来たりということがあるそうです。次世代の育成や後継者を増やしたい気持ちがあっても、地域にちょうどいい職がなく、小島さんも直接雇ってあげることができない状態が心苦しそうでした。
さらには、ファッションブランドなどの取引先や地域外への情報発信や、B to Bだけでなく、個人への小売もあることから、全方位的に情報発信や尾州のテキスタイルに触れる機会を作ることにも尽力しているとのことで、製品企画から生産、PR、地域振興や後継者育成まで、あらゆる課題を同時に処理していかないといけない、役割の多い立場を担っているんだなと思いました。
1時間ちょっとの間でいろいろなお話を聞きましたが、何よりも小島さんの明るくおおらかでポジティブな空気を周囲に広げる人柄の力に感心しました。
理屈の力ではなくて、尾州の織物をなんとかしたい!という真摯な気持ちと、人としてのエネルギーのようなものが小島さんから湧き上がっていて、きっとそれが周囲の職人さんにも伝わって、いい影響を生んでいるのではないかなと感じました。
こういうところは、ぜひ見習っていきたいと思いました。
最後はARIMATSU PORTAL;PROJECTの浅野翔さんによる総括と質疑応答が行われました。
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一宮のあたりが紡績・紡織関係で栄えた地域だということは漠然と知っていましたが、現状の一端を知ることができて、大変興味深かったです。
日本では、この3世代くらいで急激に経済状況やライフスタイルが変化したことからくる歪みやズレが、お祭りにしても伝統産業にしても大きく浮き上がってきてること。
とはいえ自動織機や自動車製造などはほんの100年以内に勃興してきたもので、これからも新しい何かが急にうまれてそれが”ガチャマン景気”的に儲かってくれれば大きな産業として育つかもしれないこと。
そう考えながら、新美南吉の「おじいさんのランプ」を思い出しました。
時代が変われば、商売の形が変化したり、よしたりして、新しい時代に対応する必要が出てくる。
行燈はランプになり、やがてはランプは電灯になる。
しかし現代は、ランプの温かみや不便さを愛し、その揺らぎを好ましく感じたりもする。
(家があってもキャンプやバーベキューをしてみたり、いいとこ取りでグランピングをしてみたり…)
何を価値とするか、そういう部分は、現代のすべてのことに通じているように思います。
以下に「おじいさんのランプ」の一節を引用します。
「ランプはもはや古い道具になったのである。電燈という新しいいっそう便利な道具の世の中になったのである。それだけ世の中がひらけたのである。文明開化が進んだのである。巳之助もまた日本のお国の人間なら、日本がこれだけ進んだことを喜んでいいはずなのだ。古い自分のしょうばいが失われるからとて、世の中の進むのにじゃましようとしたり、何の怨みもない人を怨んで火をつけようとしたのは、男として何という見苦しいざまであったことか。世の中が進んで、古いしょうばいがいらなくなれば、男らしく、すっぱりそのしょうばいは棄てて、世の中のためになる新しいしょうばいにかわろうじゃないか。」(青空文庫より URL)
ARIMATSU PORTAL; SALON #09 概要
ゲスト:小島日和 [terihaeru]
日 時:2016年8月21日[日] 16:30-18:00
会 場:山田薬局(愛知県名古屋市緑区有松1811)
PORTAL; SALON #09
https://www.facebook.com/events/1576229752676903/
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