新美南吉生誕祭

半田市出身の新美南吉は、教科書に「ごんぎつね」や「手袋を買いに」が長きにわたって採用されていることもあり、世代を超えて多くの人が名前を知っている国民的な童話作家です。
教員として就任し多くの作品を書き上げた安城市とともに、地元である半田市では大変に愛されています。

ご縁があり、作品をまとめて読む機会があったのですが、素晴らしかったです。

 


角川春樹文庫版童話集の表紙がかわいいです。


短編小説や童話や詩をいくつか読む中で、知多半島の風土描写と、農村的・里山的な暮らしの悲哀を通じた、人への愛情みたいなものに心をうたれました。
大人になってから読むと、さびしさや侘しさと、そこに通奏低音として流れる性善説、南吉の優しさや気高さのようなものがぐっときました。切ないことやほろ苦いものが甘く感じるような豊かさや繊細な味わいがあります。

例えば、「手袋を買いに」の最後、”ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら。” のようなバランス感覚。(南吉作品についての感想メモを下の方に書きました。)

 

ここからが本題の生誕祭のお話です。

2013年の生誕100周年以降、毎年新美南吉の生まれた7月30日にはセレモニーが行われ、その週の土曜日に宵祭り、日曜日にイベント(ウナギのつかみどりなど)が開催されます。今年はちょうど土曜日が30日にあたり、セレモニーと宵祭りが同じ日の開催になりました。

南吉生誕祭1

南吉記念館は設計が公募で決まった建築だそうで、面白い構造をしていて、半ば地中に埋まった形をしています。

新美南吉記念館
こんな感じです。 新美南吉記念館 360度写真

2日間のうち、30日の夕方から開催された「正八ちゃんの宵祭り」に参加してきました。
正八は、新美南吉の本名です。

記念館の建築的な特徴を生かして、芝生の広場を使い、これぞ夏のお祭り!といったとても雰囲気のいい空間になっていました。
盆踊りと、屋台がでて夏祭りがくっついたようなイベントでした。

 

新美南吉生誕祭 新美南吉生誕祭

南吉生誕祭 新美南吉生誕祭 
正八少年が幼少期を過ごした岩滑の地で、正八ちゃんも本当に昔は参加していたかのような錯覚に陥りました。

南吉生誕祭2

ちょうど7月からは、「ごんぎつね」教科書掲載60周年記念特別展『教科書で出会ったごん~南吉作品教材化の歴史~』が開催されています。(~2016年10月23日(日))

ごんぎつね懐かしいなー、という方、素敵な場所なので、ぜひ一度ご来館ください。

新美南吉記念館公式HP http://www.nankichi.gr.jp/

100周年を機に展示が一部変更されたり、記念館の出口の隣に「ごんの贈り物」という、かわいらしいカフェ兼グッズのお店もできていますので、昔行ったきり、という方にもおすすめです。
知多牛のミルクを使ったパフェなど夏らしいメニューもあり、ゆっくりくつろいだ時間が過ごせますよ。

Cafe&shop ごんの贈り物 facebookページ https://www.facebook.com/cafeshopgon/

■感想メモ
以下、新美南吉作品を読み、感じたことのメモ書きです。

・幼くしてなくした母への思慕や愛情への憧れと寂しさ。
・戦争を背景に、自身の身体が弱く病気にもなりやすいこと。
・創作で身を立て広く反響を得たいという野心。
・なかなか安定した職業につけなかったこと。
・自らも母親と同じく29歳という若さで亡くなったこと。

南吉には明確な才能が若くしてあったが、決して恵まれた環境ではなく、生前に大きな評価や広く反響を実感することはあまりなかった。

自分が、制作の仕事をしていて感じる、自分自身の面倒くささ、例えば土木やスポーツなどで生活する人への憧れと引け目のようなものと、こちらの側(創作するもの)こそがひっそりと隠された美しいものを捉えうるのだという自負みたいなものに共感。
南吉の境遇を知った上で新美南吉の小説や童話を読んだ時に、その切実な願いや倫理観に涙しそうになった。昭和初期あたりまでの文学者にはそういう気高さみたいなものがある。
長らく教科書に採用され続けているのは、限られた土地と貧しさの中で美しいものを見出す日本的な心のあり方、みたいなところがDNAみたいなレベルの記憶に訴え、普遍的に私たちを捉えるところにあるのではないかしら。
感情や感性のうえでは、現代において、ひとは進歩してるのか退化しているのか、疑問に思うところもある。もちろんいつでも感性豊かな人たちもいる、貧しい人たちもいる、というのは間違いない。
感じる能力(センス・オフ・ワンダー)は、いつでも大切にしていこう。

知多半島、とりわけ中・南部は、日本古来の、特に江戸時代以降の土着的な雰囲気が残っていて、それは山車祭りなどのお祭りや食文化や建築を通じて日常的にも感じられる。
風土や自然の環境と密に関わった暮らしができる地域。
つまりは農業や漁業など1次産業が盛んな地域ということでもあるが、都市的な生活も成立する立地という側面もある。
そのバランスが知多半島の魅力であり、可能性なのでは!?

長くなったのでここまで。